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56日目 11月3日(木) 和歌山県和歌山市~奈良県大和高田市 和歌山城

この日は和歌山城の近くのホテルからスタート。
和歌山城を眺めながら食べる朝食はなかなか素晴らしかった。

ホテルを出発してお城にバイクを停めてすぐに雨が降り出す。
仕方ないので観光案内所でしばらく雨宿りさせてもらう。

雨がやんでからお城見学へ。

和歌山城は徳川家康の十男・頼宣を初代とする御三家の一つ・紀州徳川家の居城として南海の鎮(しずめ)の役割を担ってきた。
現在の城跡は全盛期の4分の1の面積であり、紀伊家がどれだけ力を持っていたかがわかる。
築城主は豊臣秀吉の弟・秀長であり、やはり藤堂高虎が普請奉行を勤めている。
秀長の城代として桑山重晴が入り、関ヶ原の後には浅野長政の子・幸長が紀州藩藩主となり城を改修している。
そしてその後頼宣が入り、紀伊徳川家は後に江戸幕府14代将軍である徳川家茂を生み出すなど大きな役割を果たした。

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西の丸庭園

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苔の生えた石垣

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和歌山城天守。本来の天守は1846年に落雷により焼失。

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連立式に造られた大天守と小天守

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天守閣からの眺め

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城は虎伏山に建てられたため、別名虎伏城とも

城を見終わり、和歌山ラーメンを食べに行く。
有名な店が定休日だったため、食べログである程度点数の高い駅の近くのラーメン屋へ。(あえて店名は伏せる)

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これが非常に微妙なお味。
和歌山ラーメンと言うよりこの店に責任があると思う。
次に和歌山に行く機会があればぜひ別の店で食べてみたい。

そして和歌山市から高野山へ向かう。
高野山は以前から行ってみたかったし、何よりお遍路を結願したら高野山で眠る弘法大師へ報告へ行くのが普通らしかったので、そうすることに。

途中九度山を通る。
九度山とは真田昌幸・幸村親子が関ヶ原の戦いの後蟄居させられていた真田庵のある場所である。
早速行ってみる。

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真田庵は今では善名称院というお寺になっている。

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真田地主大権現。毘沙門天と真田三代の御霊を合祀。(幸隆・昌幸・幸村か昌幸・幸村・大助のどちらの三代なのだろうか?)

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真田昌幸の墓。昌幸は蟄居先のこの九度山で生涯を終えている。

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ろうそく立てにも六文銭や結び雁金の真田家の家紋が。

善名称院には宝物館もある。
入場料200円なり。

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真田の赤備え。

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幸村が大坂の陣で使用した槍先。幸村は十文字槍の使い手であった。

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昌幸作の木彫りとのこと。うめえ。そして暇だったんだろうなあ

九度山町は街中が六文銭一色であった。
六文銭を使用している市町村は上田(真田家発祥の地)・松代(幸村の兄・信之が初代藩主)沼田(真田家の領地だった)と多くあるが、プッシュ度で言うと九度山がナンバーワンな気がする。

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ペイントで書いたようなどこか懐かしいイラスト

1614年、真田幸村は豊臣秀頼の誘いによりこの九度山から大坂城へ向かった。
徳川方は幸村が九度山から出られないように、町人へ監視させようとしたが、幸村と親交のあった町人たちは、幸村出発の日に大宴会を開き「こりゃ明日の朝まで目も開けられん」と、酔いつぶれたふりをし幸村を見逃した。
さらにこの地の地侍たちも幸村の軍勢に加わった。
今も昔もこの町の人達は幸村のことが好きなのだ。

そして高野山へ。
山をまあ登る登る。
そして山の上の高野山町へ到着。
山の上にこんな場所があるとは、と驚いたが人が大勢いて観光地色が強く、あまり神秘的な感じはしなかった。
まずは金剛峯寺へ。

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すっかり紅葉

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本堂の前でお参りをし、納経をしてもらうために中へ。
どうやら拝観料として500円納めなければならないらしい。ありがたいなー

そして納経をしてもらい寺内を見学。

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見事な庭。

そしていよいよ弘法大師の眠る奥の院へ。

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奥の院にある石塔は20万基あるとされ、天皇や大名から名もない人々まであらゆる階層の人の墓がある。皆弘法大師の近くで眠りたいのだ。

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みんなも社長さんも

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この写真にあるのはほんの一部であり、名だたる大名や藩主の墓が所狭しと並んでいた。
お遍路の時のお線香が余っていたため、これらの武将の墓にお参りをしていたらすっかり暗くなってしまった。

暗くなってしまい見つけることが出来なかったが、他にもここには織田信長・明智光秀・上杉謙信などの墓もある。

歩くこと数十分で弘法大師が眠るとされる御廟に着く。
ここで弘法大師に結願の報告をさせていただいた。
ちなみにここは撮影禁止なので写真はない。

後から知ることになるのだが、結願後の御朱印は金剛峯寺ではなく、奥の院でもらうものらしい。
何事にも先達はあらまほしきものかな。

そして宿さがし。
高野山にはお寺で泊まることができる宿坊がたくさんあるのだが、予約が必要なことが多く飛び込みで泊まれるようなものではないため却下。
そして野宿も考えたが、野宿に適した場所がなく、山の上のため冷え込みも厳しそうだったため、高野山を降りることに。

登りとは別の道を選んだがこれが大失敗。
街灯が殆ど無く、車1台がやっと通れるような道幅で、野うさぎやリスと遭遇するようななかなか酷い道を霧の中通ることになってしまった。
この時の辛さは旅でワースト3に入る。

1時間かそれ以上運転し、街の光が見えてきたときには本当にホッとした。
国道だからといって信じていいわけではないことをこの時学ぶ。

ちなみに今調べたらそのひどい道は国道371号とのこと。
もし今後車で高野山に行く人がいるのなら、国道370号で往復することをオススメする。

その後すき家で夕飯を食べ、温泉に入り、漫画喫茶で就寝。



おまけ
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突然現れたシカゴ

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和歌山は角がとれてる
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プロフィール

satto

Author:satto
長野県上田市出身、在住。

2011年9月~11月にSUZUKIアドレスV125で日本100名城を巡りつつ沖縄を除く46都道府県を通り日本一周達成。

2013年3月2日、日本100名城スタンプラリーを制覇。
日本城郭検定準1級取得。

サザンオールスターズ、水曜どうでしょう、阪神タイガース、日本史(戦国時代、幕末)が好き。

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