スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

27日目 10月3日(月) 佐賀県佐賀市~長崎県長崎市 佐賀城・吉野ヶ里

佐賀の漫画喫茶で起床。
前夜の2時に入店し起きたのは11時前であり、6時間パックではなく9時間パックを選んでおいて良かった。

この日はまずは佐賀城へ。
佐賀城は外様大名・鍋島氏の居城であり、石垣ではなく水堀に囲まれた平城である。
佐賀藩は薩摩・長州・土佐と共に明治維新の際に大活躍し、特に戊辰戦争では当時最新兵器であった佐賀藩のアームストロング砲が大活躍した。
しかし、佐賀の乱という士族反乱が起こり、佐賀城のほとんどの建造物が消失し、さらに水堀の東側は埋められてしまった。

PA031943_R.jpg
鯱の門。佐賀の乱の時の銃弾の跡が今も残る

PA031934_R.jpg
復元された本丸御殿。現在では歴史館に

099.jpg

次にせっかくなので佐賀城の近所にある大隈重信記念館へ行ってみた。
大隈重信記念館は大隈の生家に隣接され建っており、生家も外から見学することができた。
ここで初めて知った大隈重信トリビア↓

・愛煙家であったが健康のためと太りたいために83歳にて禁煙に成功。

・少年時代、自分より学力の低い同級生が達筆を褒められているのを見て、「自筆など自分の名前を書く時くらいにしか必要ないものだ」と思い、それ以来ほとんど文字を書かなった。人に何か伝えなければならない時は馬を飛ばし、口頭で伝えに行ったそうだ。現在残っている大隈の直筆がある資料は政治家時代の署名などを除き、わずかに二枚しか残っていないとのこと。

・福澤諭吉とも親交があり、福澤が亡くなった際に遺族は福澤の遺言に従い、すべての献花を断っており、大隈の献花を持っていった使者も断られてしまった。しかし使者は「この花はただの花ではない。大隈が友のために涙を流しながら、手塩にかけ育てた花を自ら切ったものである。」と言い、それを聞いた遺族は献花を受け取ったという。

・「トイレに不定期に何度も行くのは時間の無駄」と言い、決まって毎日夜の8時にしか大きい方の用を足さなかったらしい。

・囲碁が大好き。

・大隈を爆弾で襲った(それにより大隈は片足を無くす)暴漢は襲撃後自殺するが、大隈はその男の勇気を讃え、毎年彼の命日には墓参りを欠かさなかったという。

・とにかく温厚で生涯怒ったことがない、と言われているが、その暴漢に襲われた際には「この大馬鹿者が!」とさすがに怒ったらしい。

・南極探検隊に多額の支援をし、隊長に「南のほうは温かいと聞いています。南極はさぞかし温かいのでしょうな。」と言ったユーモアセンス。

・大隈が亡くなった際には国民葬が行われ、150万人もの人が集まったという。

と、なかなか面白いエピソードが多かった。

PA031951_R.jpg
大隈重信生家。イベントの際には中にも入ることができるらしい

さて、大隈記念館を出て出発の準備をしていると、自転車で通りかかったおじさんに話しかけられる。
ナンバープレートに書いてある「上田」を見て話しかけてくれたらしく、「上田には私の嫁の姉夫婦が住んでます」とのことであった。
日本中の城をめぐっている事と先ほどは佐賀城に行った事を伝えると、「家に佐賀の古地図があります。見ますか?」とのことであったので、お邪魔することに。
おじさんの書斎で古地図を見せてもらい、「興味があったらコピーしていいですよ」と言っていただく。
正直あまり興味はなかったが、これを断るのも失礼だと思いコピーさせていただくことに。
おじさんの車で最寄りのセブンイレブンまで行き、古地図をコピーさせていただく。
そしてその古地図を見ながら佐賀城周辺を車で案内していただく。
どうやらおじさんは趣味で佐賀市内の橋を研究されているらしく、遊郭の跡地へ続いている橋などを案内して見せてくださった。
リアルブラタモリ。

この日は起きたのが遅く、最終的には夜に長崎にいなければいけなかったため、ずっと帰るタイミングを伺っていたが、「昼飯は食べましたか?」と聞かれる。
なんと昼食をご馳走していただくことに。
しかも向かった先はなんとうなぎ屋。
おそらく上うなぎであろう蒲焼定食と、さらに「それだけでは足りないでしょう」と、蒲焼を追加で頼んでくださった。超うめえ!

「これも何かの縁ですから」とおじさんはおっしゃってくださった。
おじさんは野田さんという方で、息子さんが三人いらっしゃってそれぞれ神戸大・九州大・京都大を出ていて、京都大の方は外務省に入り今は外国にいらっしゃるらしい。すげえ!
そして野田さんに「好きなこと(旅)をやるのは構わないけど、大学はしっかり卒業してけじめはつけるように。」とお言葉を頂いた。おっしゃるとおりです。

最後にお堀の周りをグルッとまわり、バイクを置いてあるところまで送っていただいた。
そして一緒に写真を撮らせていただく。
「もし君が上田の人でなかったらここまで良くしてなかったでしょう。」とのことで、「縁」というものの尊さを改めて知った気がする。
野田さんには旅が終わった際にはお手紙とちょっとしたお返しをしたいと思う。
そして大学を卒業できた暁にはしっかりそれも報告したいと思う。

PA031958_R.jpg
大隈先生の前で

野田さんとお別れして、大急ぎで吉野ヶ里遺跡へ。
ここと北海道のチャシがなぜ100名城に入ってるのかはわからないが、スタンプはしっかりいただく。
かなり大きいテーマパークであったが、急いでいるし興味もなかったので中にはいるのはパスした。

PA031960_R.jpg

098.jpg

そして長崎へと向かう。
親友の秀哉に会うためだ。
秀哉は学部で一番お世話になった友で、今は長崎市内の某大企業に勤めている。
ガキの使い、水曜どうでしょうなど共通の趣味が多く、笑いのツボが合う貴重な親友だ。

待ち合わせ場所についた時、ちょうど秀哉もバスから降りてきたところであった。
卒業式以来の再会である。
バイクを秀哉の寮の駐車場へ置かせてもらい、その足で飲みに行く。

一軒目ではイカや新鮮な魚をご馳走になった。
そしてイカの予約なんて初めて聞いた。
自分は普段は焼酎はほとんど飲まないのだが、壱岐ゴールドという焼酎は肴とよく合いたくさん飲めた。


秀哉。昔からできる男でしたが、働き出してさらに磨かれていました


本当に透明。自分の足を食われまいと離そうとしなかったことも


ブリの刺身。このお頭を味噌汁にしてもらったのだが、めちゃくちゃうまかった

二軒目は秀哉の行きつけの店へ。
焼き鳥屋なのだが刺身が美味かった。
これまたしこたま焼酎を飲む。
いろんな昔話に花が咲き、とてもではないが語り尽くせなかった。

そして秀哉の寮で泊めてもらうことに。
どうでしょうを見ながら就寝。
スポンサーサイト

trackback


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

2011年10月現在の喫煙者

2010年10月のたばこ税増税・たばこ値上げによって禁煙した人は喫煙者の35%、それが現在も続いている人は40%弱であり、おおよそ 13.5%の人が禁煙に成功したことになる [うんうん/]JTの調査に...

コメント

非公開コメント

No title

野田さん温かい人だね*

ひでやも元気そうでなにより^^

おいしそうなもの食べてますな~(●´ω`●)
新鮮なイカってめっちゃ透明なのね!

No title

ゆりこちゃん

旅をしていて人の温かさというものを改めて実感したよ。
野田さんにはいつか立派になってまた会いに行きたいな。

秀哉は無事あっちで元気でやってたよ。
また東京あたりでみんなで集まって飲みたいね!
プロフィール

satto

Author:satto
長野県上田市出身、在住。

2011年9月~11月にSUZUKIアドレスV125で日本100名城を巡りつつ沖縄を除く46都道府県を通り日本一周達成。

2013年3月2日、日本100名城スタンプラリーを制覇。
日本城郭検定準1級取得。

サザンオールスターズ、水曜どうでしょう、阪神タイガース、日本史(戦国時代、幕末)が好き。

全記事表示リンク

全ての記事を表示する

カテゴリ(古い順に読めます)
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ(古い順に読めます)
にほんブログ村
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

カウンター
リンク
検索フォーム
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。