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18日目 9月23日(金) 新潟県新潟市~長野県上田市 新発田城・春日山城

5時頃起床。
フェリーが新潟に到着するのは6時の予定だったのでゆっくり支度した。

着岸してから乗用車が先に降りるため、結局我々バイカーは1時間弱待って船を降りた。
天気が良くなかったのでこの日はいきなりカッパを着用。
セブンイレブンに寄って朝食を済まし、新潟市のお隣の新発田市へ。
新発田城が開くのはおそらく9時なのでマクドナルドでブログを書いて時間を潰す。

さて久しぶりの城巡りは新発田城から開始。
城についた頃には雨はあがっていた。

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新発田城三階櫓。自衛隊の敷地にあるために入ることはできない。

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表門

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辰巳櫓

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旧二の丸隅櫓

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赤穂浪士の堀部安兵衛は新発田出身。ちなみに堀部安兵衛助太刀の地は高田馬場にある。

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新発田藩初代藩主 溝口秀勝

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お隣は自衛隊の基地

新発田城をひと通り観た後は上越市へ向かった。
途中再び雨が降り出したので雨宿りついでに昼飯を食べる。

雨がやむ気配がなかったため、再びカッパを着て出発。
三条・長岡・柏崎などを通過し、上越に入った頃には雨はあがっていた。

上越では上杉謙信の本拠地・春日山城へ。
城に行く前に上越市埋蔵文化財センターで「謙信公と春日山城展」を催していたため寄ってみた。

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上杉謙信像

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「愛」の前立てで有名な直江兼続の鎧

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GACKTの謙信とかNHKにしては思い切ったことしたよね。見てないけど

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GACKTが着用した鎧だそうな

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こんなところで上田市の文字を見るとは

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上杉おもてなし武将隊の演舞

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宇佐美定満イケメン

その後、春日山城跡ものがたり館にてスタンプをもらい、春日山城跡へ。

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春日山城址。上の像はやはり上杉謙信

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春日山神社

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上杉おもてなし武将隊はシフト制だったことが判明

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上越市内を臨む

さて、春日山城址はなかなか広大であり、本丸は山頂にある。
本当は山頂まで行きたかったのだが、暗くなる前に峠越えをしたかったため泣く泣く断念。
山頂には謙信がよくこもった毘沙門堂があるらしく、さらに眺めがなかなか良いとのことでぜひ行ってみたかった。

そして国道18号を南下し長野県を目指す。
実は一度実家に寄ろうと思ったためだ。
写真のバックアップをしたりテントを干したりといろいろやりたいことがあったのと、せっかく近くを通るのだしということで一時帰宅することにした。

途中長野市で渋滞に捕まるが、そこは原付の利点を活かしすり抜けを多用し突破した。
結果19時頃には実家に着くことができた。

日本一周前半戦はこれにて終了である。
一日休養して25日にまた出発する予定。

日本海側を南下し九州・四国と周り太平洋側を北上して長野に戻る予定。
次回・西日本編、乞うご期待!
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19日目 9月25日(日) 長野県上田市~富山県高岡市 松代城

はじめに昨日上田でしたことを簡単に。
・本屋で温泉博士とツーリングマップル中部を買う。
・100均でちょっとしたもの購入。
・テント、寝袋、ブルーシート、銀マットなど全部干す。
・洗濯。
・十福の湯へ行く。
・給油。

今日は実家で7時頃起床し朝飯を食べ、8時過ぎに出発。
国道18号を北上。
屋代を過ぎた当たりで右折し、松代へ。

松代城は古くは海津城と呼ばれ、武田信玄が上杉謙信と対峙する際の最前線の城であった。
江戸時代になってからは松代城となり、真田幸村の兄である真田信之が上田藩より入封し、以後真田家の当地は250年にも及んだ。

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松代城。中学か高校の遠足で行った気がするのだがどっちだったっけ?

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見事な石垣と堀

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真田邸。六文銭がかっこいい

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真田邸の内部。ふすまの高さが175センチくらいしかない。

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真田宝物館で展示されていた鎧。足軽ですら六文銭があるとかっこいい

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お父さん!?

真田宝物館と真田邸と文武学校の共通入場券を買ったのだが、文武学校は時間の関係で行かなかった。

ちなみに松代は太平洋戦争がもう少し長引いていたら大本営と皇居が移転(=遷都)してきたかもしれない場所である。
みなさんにとって馴染み深いのはエヴァンゲリオンの3号機が起動実験中に使徒に乗っ取られた場所としてかもしれない。バルディエルとバルディリスって似てるよね。

松代の後は上越市へ向かう予定であったが、ツーリングマップルに書いてある妙高市へのショートカット道路に行ったつもりがいつのまにか飯綱高原へ着いてしまった。
戸隠の近くだから蕎麦もうまいだろうと思い、飯綱の蕎麦屋に入る。
大盛りのざる蕎麦を頼んだのだが、これで大盛り?と思ってしまうくらいのお上品な量であった。草笛の普通盛りよりも少ない。(草笛は特別か)



しかも味もイマイチで値段も1000円とかなりがっくり。まあトウモロコシをサービスで出してくれたりと悪いことばかりではなかった。やはり蕎麦屋の当たり外れは大きい。

どうせなら前回上越から来た時通っていない道を通ろうと思い、白馬を経由して糸魚川へ向かうことにした。
道は細かったりくねくねしてたりと良いものではなかったが、北アルプスを眺めて走る景色はなかなかであった。




東京!?嘘つけ!

糸魚川へ入り、国道8号線で富山方面へ。
親知らずという場所を通り、富山県に入る。



富山県で始めに通った朝日町はビーチバレー誕生の地らしい。ふーん。

黒部市を過ぎ魚津市で辻わくわくランドというスーパー銭湯へ行った。温泉博士に載っていたためである。
北海道上ノ国町産のブラックシリカという石を使った風呂が自慢だった。

その後は滑川市、富山市を通過し射水市へ。
ここで夕飯を食べようとチェーンの海鮮丼屋へ入る。
とろサーモン丼を注文しようとすると、とろサーモンとウニが終わってしまったとのこと。
仕方ないのでいくらサーモン丼を頼んだ。
自分のあとに入ってきたお客さん全員がとろサーモンかウニを使った丼を注文して売り切れを告げられていた。詐欺じゃないかこれは。
さてこの海鮮丼、至って普通。富山だからもっと期待していたのに。やはりチェーンは良くないか。



次に道の駅カモンパーク新湊へ。
ここでは名物らしい白エビかき揚げ丼を頼んだ。サイズはミニで。
これがかなりうまかった。海鮮丼を食べずこれをたくさん食べたかったよ。




白エビ先輩

そして今夜の寝床である高岡二上山キャンプ場へ。
ここは無料でテントが張ることができ、他にも二人テントを張っている人がいるので安心である。
ただ「熊出没注意」の看板を見た時は少し引いた。
夜景も星も綺麗!

明日は高岡城、七尾城を見て最終的には福井県に入りたいなー。

20日目 9月26日(月) 富山県高岡市~福井県坂井市 高岡城 七尾城

三度寝くらいして8時くらいまで寝ていた。
朝ゆっくりできるのはキャンプ場のいいところである。ゲリラキャンプではこうもいかない。

山を下りて高岡城へ。
高岡城は前田利家の嫡男(長男)の利長によって築城された。縄張りの設計はキリシタン大名で有名なあの高山右近である。

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前田利長像

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高山右近像

一国一城令のせいで廃城となったため当時の建造物などは残っていないが、現在は公園として整備されており敷地の3分の1が水濠であるいわば水の城である。

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お堀をまわる遊覧船があるくらい広い堀

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博物館が休みであったため、軒先にシールが置いてあったため、ここだけシール。

高岡城を観た後、昼飯を食べるために氷見に寄った。
氷見といえば地元で一番うまいと思う回転寿司・きときと寿しの本店がある場所である。
道の駅ひみの近くの店で海鮮丼を食べた。なかなかうまかった。



そして石川県に入り七尾城へ。
七尾城は能登守護の畠山氏によって築かれた山城である。
上杉謙信の侵攻を受け落城し、能登畠山氏は滅亡した。
その戦の際に謙信が詠んだ漢詩「九月十三夜陣中作」は非常に有名らしい。

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これだけの石を山の上まで運ぶのは大変だったろうに。

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本丸跡から七尾の街を臨む。

こういう山城は電車の旅ではなかなか訪れることができない。
バイクで旅をしていて良かったと思える時である。

その後はひたすら西に向かって移動をした。
金沢城は去年の夏に行ったことがあったので今回はパスした。その時は兼六園も観たが非常に美しい庭園であった。さすが加賀百万石は伊達ではなかった。そりゃ前田だもの。

日も暮れてきて、温泉博士に載っていた加賀市の温泉に行こうとしたが、よく見ると事前予約が必要とのこと。
慌てて電話したが、あいにく込み合っていて今日は無理とのこと。
幸いそのあたりには山代温泉、山中温泉、芦原温泉とたくさん温泉地があったので、芦原温泉のセントピアという温泉に行った。

さて寝床であるが、付近には無料キャンプ場が無さそうだったため、道の駅みくにの軒先にテントを張って寝ることにした。
みくにに着いてウロウロしていたら「ここに泊まるんですか?」とお兄さんに話しかけられた。
どうやらお兄さんも駐車場で車中泊するらしく、一緒に飲むことに。

このお兄さんは、仕事の関係で(何の仕事かは聞かなかったが)毎年夏と冬に車で寝泊まりしながら日本一周しているとのこと。
そのため日本中のことを知りつくしており、いろいろなお話を聞けた。
特にお兄さんの出身地である福岡の名店をたくさん教えていただいた。呼子の活イカや、福岡うどんがオススメとのことだった。機会があったらぜひ食べてみたい。

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お兄さんと。おつまみを一緒に食べさせていただいた。

0時を回ったためおひらきにして、お互い寝床へ。
道の駅で泊まるのは天堂に続いて二回目だが、なかなか快適であった。
これからは泊まりは道の駅中心で進めていきたい。

21日目 9月27日(火) 福井県坂井市~福井県小浜市 丸岡城・一乗谷城

朝6時半くらいに起床。
テントを片付けていると、自転車に乗ったハンチング帽を被ったおじいさんがやって来た。
このおじいさん、携帯や地図を持たずにブラっと石川の方まで行くとのこと。
肝硬変・胃がん・アル中を患っているが、自転車に乗り始めてから概ね健康らしい。
アル中は治ることがなく、酒を絶って10年経ったとしても1滴でも飲めば再発するということを教えてもらった。怖っ!
「酒をやめてからはもっぱら甘いモノばかりです」と言いながらクッキーや草餅を分けてくれたので、ありがたく頂戴した。糖尿病にも気をつけてくださいね。

おじいさんが出発して、また片付けをし始めたら今度は別のおじさんが
「あんた携帯詳しいか?」
と聞いてきた。どうやらトイレで誰かの携帯電話の忘れ物を見つけて、着信履歴か発信履歴から持ち主に近い人に連絡したいらしい。
携帯を受け取って履歴を確認すると、苗字のない名前だけの女性とたくさん連絡をとってるようだったので、おそらく持ち主の家族だろうと思い発信してみたが、なかなか出る気配がない。
すると遠くからこちらを伺ってるおじさんが。
どうやらこの携帯の持ち主だったらしく、拾ったおじさんに何度もお礼を言っていた。

その後は携帯を拾ったおじさんと少し話をしてから道の駅を出発した。
マクドナルドでブログを書きつつ時間を潰してから、丸岡城へ。
丸岡城は織田信長の家臣、柴田勝家の甥である勝豊により築城された、北陸地方では唯一の現存天守がある城である。(ただし天守は一度大地震で倒壊し、その後元通りに組み直された)

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丸岡城天守

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次に東尋坊へ向かった。
今朝いた道の駅から直接行った方が近く、わざわざ戻るのも面倒なので行かないことも考えたが、宏司の兄さんが「よかったで」と言ってたのを思い出し行くことに。

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行って正解だった。かなりの迫力で天気もよくてなかなかであった。
知らないおばさんたちが話していたのを聞くに、冬の満潮時はでかい波が打ち寄せてド迫力らしい。今度来る機会があったらそういう時に来てみたい。

無料駐車場を借りた店で、何も買わないのは申し訳ないのでイカ焼きを頼んだ。

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うまっ!ビールが欲しかった。

その後、昼食で福井名物・ソースカツ丼を食べるために福井市へ。
前回電車で福井に来た時に食べてうまかったヨーロッパ軒に行ったらなんと火曜定休。
次の候補のふくしんも火曜定休だったため、仕方なく安さが売りという小川屋へ行くことに。

小川屋は駅前だったので、駅近くの駐車場へバイクを停めていたらおじいさんがやってきた。
「日本一周してるんですか。少し前まではたくさん(そういう人が)いましたよ」
と話しかけてくださり、永平寺や三方五湖など福井のオススメなどをたくさん教えてくださった。
これから小川屋へ行くつもりだ、と言うと、おじいさんはWikipediaの「しかめっ面」の項目の写真にしたいくらいのthe しかめっ面で「あそこはまずいからやめたほうがいい」
かわりに駅ビルの中にある八兆屋というお店を教えてくれた。

今朝の自転車おじいさんといい、携帯を拾ったおじさんといい、このおじいさんといい、福井の人はたくさん話しかけてくれて尚且つ親切である。福井の評価うなぎのぼり。

さて、おじいさんと別れ教えてもらった八兆屋へ。
ソースカツ丼とおろしそばを食べた。カツ丼はヨーロッパ軒ほどではないにしろなかなかのお味であった。おろしそばは正直あまり好きではない。



そして次は一乗谷へ。
一乗谷といえば最近ソフトバンクのCMの舞台となった場所である。

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そのせいか平日の割には観光客が多かった。

一乗谷には朝倉氏の城や館があり、朝倉氏といえば越前の守護であり、戦国時代には浅井氏と連合しあの信長をあと一歩のところまで追い詰めたが、信長によって滅ぼされてしまった大名である。

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唐門

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スタンプ失敗・・・

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復原町並

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ここで頭を強打した

他にも朝倉氏の資料館も観たが、山の頂上にあるために城跡は観に行かなかった。

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この広告も何かで賞をとったらしい。なかなかインパクトがある。

その後は目標の舞鶴に向けて移動。
途中敦賀の金ヶ崎城址へ寄る。
金ヶ崎城といえば「金ヶ崎の退き口」で有名である。
金ヶ崎の退き口とは、織田信長が朝倉氏を攻めている際、浅井氏が裏切ったことにより挟み撃ちされることを恐れ迅速に撤退を始めたが、その時金ヶ崎城にて殿(しんがり)をつとめた木下秀吉(後の豊臣秀吉)らによる決死の撤退戦のことである。
ちなみに殿軍には秀吉の他に徳川家康、明智光秀などがおり、この中の誰か一人でもこの時に死んでいれば今の歴史は全く違うものになっていたであろう。
さらに、お市が信長に両端を紐で結んだ小豆袋を送り浅井氏の裏切りを知らせたという逸話が生まれたのもここにおいてである。
ここは100名城には登録されておらず、遺構などは一切無く碑があるだけであった。

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温泉博士に載っていたニューサンピア敦賀というホテルの温泉に寄った。
小浜のすき家で夕飯を食べ、疲れたので小浜の道の駅でこの日は泊まることに。

この時、入浴セットがないことに気づく。敦賀の温泉に忘れてしまってきたらしい。
諦めるか取りに戻るか悩みつつ、スーパーで買った酒をテントの中で飲んで就寝。

おまけ

「油屋」という名前の交差点にガソリンスタンドがあった

22日目 9月28日(水) 福井県小浜市~鳥取県鳥取市 竹田城

起きてから結露したテントを乾かしつつ、昨日入浴セットを忘れた敦賀の温泉に電話をかけてみた。
どうやら脱衣所に忘れてあったらしい。
取りに戻ると往復2時間はロスするが、入浴セットの中にはジレットのひげ剃りの替刃が3つ入ってたのを思い出し取りに戻ることに。メリットとかビオレだけだったら諦めてたかも。

昨日来た道を戻り無事入浴セットを受け取る。
敦賀から小浜に戻るルートは別の道を選んだ。行きにきた道より少し時間がかかるであろうが、三方五湖や海を見ながら走るルートだ。朝の海岸線はなかなか走っていて気分がいい。



小浜に戻り、今度こそ京都方面に向かう。
京都の北に来るのは初めてであり、せっかくなので日本三景の一つ、天橋立に寄ることにした。

天橋立に到着し、バイクを停められそうな場所を探す。観光地で一番めんどくさいのがこの駐輪場探しである。バイク専用の駐輪場というのはほとんど存在しないのだ。
結局天橋立駅の駐輪場に置かせてもらい、いざ天橋立へ。

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天橋立の入り口でこんな看板と標識を見つける。

!?

俺のアドレスV(125cc)なら通行できるではないか!
原付二種が恩恵を受けられるのはしまなみ海道だけだと思っていたが、こんなところでも受けられるとは。
早速バイクを取りに戻り、今度はバイクで天橋立へ。
どうやらレンタルサイクルで渡るのが主流らしい。

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さて、天橋立を端から端まで走ってみたが、いまいち日本三景と評されるに値するほどの感動は得られなかった。
やはりあれをするしかないか・・・
ということで股のぞきをするためにリフトで山の上の傘松公園へ。

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おお、これは見事。
早速股の下から覗いてみる。

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なるほど、確かに天に架かる橋に見えないこともない。
こりゃ日本三景になるのも納得である。
これから天橋立を訪れる人はぜひ渡るだけでなく、傘松公園に行って股のぞきをしてみて欲しい。

京都府にある日本100名城に登録されている城は二条城であるが、ここはすでに去年訪れてスタンプももらってあるため、金沢城同様スキップすることにする。
というわけで兵庫県朝来市にある竹田城を目指す。

途中、京都といえば王将だろうと思い、東京はもちろん今や上田でも味わえる店に寄ってしまった。
しかし美味かったのでよし。

明智光秀が築城し、天守が復元されている福知山城も寄りたかったが、時間がなかったため泣く泣くスルー。
さて竹田城のスタンプが置いてある竹田駅に着いたのは16時半であった。

スタンプをもらい城への道を聞きいざ竹田城へ。
バイクである程度山を登り、そこからさらに徒歩で15分ほど登った。

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山の上に突如現れた巨大な石垣群に圧倒された。
竹田城は築城に関しては不明な点が多いが、おそらく但馬国守護・山名宗全によって築城された。安土桃山時代には豊臣秀吉の弟である羽柴秀長が城代となり、その後赤松広秀が城主となり城の完成を見るが、関ヶ原の戦いのあと広秀は家康の命により切腹し、竹田城は廃城となった。

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日本のマチュピチュ、天空の城(!?)とも呼ばれ、これから冬にかけて朝には雲海に覆われ大変神秘的な風景になることもあるという。

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かなり感動し3,40分近くウロウロしていた。
日がくれてきたため泣く泣く下山したが、ここにはいつか再び足を運びたい。できれば雲海を見られるときがいい。

さて駐車場に戻ると、地図を入れて使っているクリアファイルにこのようなものが挟んであった。



なんとも嬉しい手紙であり、かなり元気をもらった。
本当に世の中には粋で優しい人がいる、ということを実感する旅である。
この旅で益々日本のことが好きになっている自分がいる。
この手紙に返事を書けないことがなにより口惜しい。この兵教大院生さんが幸せになりますように。
佐世保にも寄ることがせめてものお返しになろうか。
この手紙はお守りの中に入れておいた。

竹田城を降りた頃にはもうすっかり夜になっていた。
先ほどの手紙に元気をもらったこともあり、いっきに移動することに。

途中湯村温泉という大変風情のある温泉街を通り、ここで入浴しようと思ったが日帰り湯は時間が終わっていた。


湯村温泉

なので今日の目的地であった鳥取に着いてから温泉を探した。
そして日乃出温泉という銭湯のような作りの温泉に入った。ここも違った風情があって良かった。

現在鳥取市内の漫画喫茶にてこのブログを書いている。
明日は鳥取城と鳥取砂丘に行き、島根に行く予定である。
生まれて初めての鳥取・島根にワクワクしつつ寝ることにする。
プロフィール

satto

Author:satto
長野県上田市出身、在住。

2011年9月~11月にSUZUKIアドレスV125で日本100名城を巡りつつ沖縄を除く46都道府県を通り日本一周達成。

2013年3月2日、日本100名城スタンプラリーを制覇。
日本城郭検定準1級取得。

サザンオールスターズ、水曜どうでしょう、阪神タイガース、日本史(戦国時代、幕末)が好き。

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